思いのほか馬鹿だったことを知った日は、やっぱり自己肯定感が高いと知った日

なんだかタイトルが人によってはネガティブな印象を受けるかもしれませんが、全くネガティブな話ではなく、むしろとてもポジティブでバージョンアップした感さえある内容だと、まずお伝えさせてください。

わたしは自分が頭がいいものだと信じきっていました。なぜなら、子どもの頃から両親や周りの大人たちがみんなそう言ってくれたからです。それは20代まで続きました。なので、なんら疑うことなく、「わたしは頭がいいのだ」と思っていました。

世界が広がったことで気づけた思い込み

ところが、経験が増え、人との出会いが増え、自分が飛び込む世界が新しく広くなるにつれ、次第に小さな疑問が湧き始めました。

「あれ。わたしって本当に頭がいいんだろうか。」

そして、その疑問は数年をかけて確信に変わりました。なんと、わたしは大して頭が良くなどなかったのです。理解力や回転の速さ、論理思考など、著しく能力が低いわけではないけれど、全くもって高いわけでもないということに気づいたのです・・・!

「天才に近いくらい頭がいいと思っていたけど、そうでもなかった。むしろ普通だった。」という事実に気づいたからと言って、悲観することもなく、むしろ感謝が湧き起こりました。「わたしは頭がいい」という一言は、わたしにとって白魔術になっていたからです。

その思い込みがなければ、わたしはもっとひねくれて、自己肯定感の低い、妬みや嫉妬でふつふつとした人生を送っていたに違いありません。そのことだけははっきりとわかります。

自己肯定感が、心の自由や、愛される喜びを作り出す

どこかで読んだブスの話を思い出しました。ある女性が「かわいいね」とずっと言われて育ったそうです。でも、何かのきっかけで自分がブスということに気づいてしまったんです。母親に聞いたら「そうなの。ブスなの。」と言われたそう。でも、やっぱりその方も悲観することなく感謝していたんです。

自己肯定感は、人から頼りにされ、それに応え、感謝される満足を得ることで構築されるものです。構築されていくことで、「自分はいるだけで人から必要とされていると無条件に感じられる感覚」は自分の一部になります。これが、自己肯定感です。

なぜ、わたしは自己肯定感が高いのか自分でも不思議でしたが、「あなたは頭がいいから大丈夫」と頼りにされ、それに一生懸命応えてきことで、知らず知らずのうちに自己肯定感が構築されていたからです。

心の自由や、人から愛されることを当たり前だと思えるのも、現実を知っても悲観せずにポジティブに捉えられるのも、自己肯定感のなせる技です。

ブスの方も、お母様が「かわいいね」と愛情を注ぎ続けたことで、やはり自己肯定感が構築されていたのでしょう。きっとその後も、心が自由で、愛し愛される人生を送られているのではないでしょうか。

子どものうちに頼って褒めて感謝することは、こんなにも人生の支えになるのだという気づきと、当時の大人たちへの感謝は計り知れません。お子さんがいる方、これから生む方、ぜひたくさんたくさん褒めて頼って感謝してあげてほしいです。

やっぱり自己肯定感が高い!

今まで「頭がいいから大丈夫」と信じていたからこそ、努力を怠ってきた私です。その気になればどんなことだってできるって思っていたんですから。だって、「頭がいいから大丈夫」なんですから。

実際はそうではないと知ったということは、「努力なしには何も為しえない!!」と知ったということでもあります。それ以来、自分を追い込んでいろいろなことを学んで吸収するようになりました。思い込みに気づけて本当によかったです。新しいことに挑戦してきたからこそです。自分を褒めたい。

努力できる自分になれたことが嬉しくてたまらないです。だって、これから、メキメキと自分が持っているものを発揮できるでしょう!そうしたら、どんなことだってやってのけるでしょう!

・・・やっぱり自己肯定感が高い(笑)

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