人との出会いが、生き方や人生を形成し、心豊かな人生へと繋がる

個人セッションを始めて今年で10年。
 
変わらず伝えているのは、自分次第で幸せになれること。つまり、全ては自分の捉え方次第であるということ。
 
この10年で、延べ人数も回数もどのくらいになるのか最早わからないけれど、たくさんの人生の物語に出会ってきた。
 
私は、恐らく一般的なコーチやセラピストよりも、一人一人の方とかなり深い部分まで関わらせていただいていると思う。
 
1回限りのライトな付き合いよりも、互いに深く関わり合いながら、成長とともに深い部分で繋がりを感じる喜びを一緒に味わいたいし、その瞬間が最高に満たされるからで、プライベートはもちろん、仕事でもその人の人生の深い部分を誰よりも包み隠さず見せていただいている機会は少なくない。
 
そういった経験から、その人自身の生き方や人生を形成するのは、人との出会いによるものが大きいとつくづく感じる。
 
節目ごとに人生の出会いがある人もいれば、たった1人との出会いで人生が変わる人もいる。
 
私自身も、出会いが人生を作ってきた。
 
中学の時の音楽の先生は、何とか私を救い出そうとしてくれていたことを、たまたま町でバッタリ再会した19歳の時に泣きながら話してくれた。
 
先生が泣きながら話してくれたことも当時の様子も私にとって救いになったし、感謝の気持ちがこみ上げた。その後、恩返しの人生にしようと決意するきっかけの一つにもなった。
 
19歳の時に出会った女性社長も、私の人生を救ってくれた。今でも心の支えだし、大切なことをたくさん教えてくれた。この時の出会いがなかったら落ちるところまで落ちていたと思う。
 
20歳〜25歳頃まで、教科書に必ず載っている昭和時代のある人物の孫にあたる人に支えてもらったことは、人生を形成する決定的な経験だった。
 
その人はお爺様のことをとても誇りに思っていたし、お爺様に顔もそっくりで、豪傑なところもきっと受け継いでいたと思う。
 
この人との出会いがなければ今の私は絶対にない。
 
一つは、それまでの交友関係の一切を絶ってひとり静かに暮らせたこと。たくさんの本を読み、自分と向き合い続け、あらゆる面でそれまでの人生に区切りをつけることができたのは、この5年間なしには考えられない。
 
この時間がなければ、今ごろ精神を病みながら人生が終わるのをただただ待つばかりの人生だったのか、とっくに人生を終えていたかもしれない。
 
もう一つは、様々な本物を教えてもらったこと。何もかもが一流で、当時はそんなこと全然わからなかったけど、この5年間に知らず知らずのうちに培われた感性のありがたさを歳を重ねるごとに感じている。
 
あれほど誇り高く豪傑な人でなければ、あの頃の私の人生を支えることはできなかったと思う。
 
その後出会った世界一のロボットを作っている人も、この世に純粋な世界があることを教えてくれたし、東日本大震災で出会った人も、どんなにお金があっても自己中心的な考えでいる限り幸せにはなれないことを教えてくれたし、今のパートナーはあらゆる面で私を一人前にしてくれた。
 
こうした出会いから得たものが私の人生そのもの。
 
そして、心からそう捉えられるようになった今では、価値ある人生だとすら思えるようになった。
 
何もない人生の人はいない、と私は思ってる。何かしら辛い経験をしているし、何かしら傷を負ってる。
 
大抵は、それを隠して生きていて、隠さなければいけないことがあればあるほど自分を偽らなくてはならない。
 
自分を偽るたびに、本当の自分と偽りの自分がはっきりと分かれていく。偽りの自分を演じる間は無意識に緊張感が伴い、他人との壁が厚くなり、歳を重ねるごとに人間関係に疲れるようになる。
 
せっかくの尊い人生なのに。
 
自分にとって闇になっている経験に片をつけることができたら、同時に怒りや哀れみは昇華され、自分の経験には意味があったと思える。
 
さらに、その経験が誰かの人生をより良いものにすることに役立つと実感できたら、実感できた分だけ、自分の人生は価値があると思える。
 
そう思えることが心の豊かさに繋がり、より良い人間関係を築けるようにもなり、欲望を満たす行動をしなくても何もなくても幸せだと心から思える人生になる。
 
これからの10年も、自分の経験にも人生にも価値があったと思える人をもっともっと1人でも多く増やしていきたい。

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