過去の写真から見えた「美しく生きる」という一本の線と思い

わたしの周りには過去の写真を取っておかない人が結構いて、それは「取っておいても仕方がないから」ということらしいです。わたしはというと、しっかり取ってあるし整理もしてあります。それを言うと驚かれるけど、決して過去にひたるためではなくて、謙虚な気持ちを思い出すためなんです。

傲慢になると目がくらんで、周りもイタい自分も見えなくなる。大抵はそのまま突き進んで、自分の傲慢さには気づきません。気づかざるを得ないような事件が起きて、いたーい思いをして、やっと自分の未熟さや非を認めることになるわけだけど、そういう経験を何度もしてきて、もうこりごりなんですよね(笑)

写真て、一瞬で脳の中の色々な引き出しにアクセスしますよね。以前のわたしにとって、過去の写真はひたるためのもの。悲劇のヒロインのままだった頃は、あんなひどい目にあったのに健気にがんばっているかわいそうな私にひたりまくり。劣等感のかたまりで自信なんてかけらもなかった頃は、過去の栄光にひたりまくり。

そんな風に過去にひたってばかりいる自信のない自分が嫌でたまらなくなり、忘れもしない21歳の時、写真を全て処分したことがありました。だから21歳以前の写真が一枚もないんです。今、思い出してもすごく勇気のいることでした。わたしの存在意義でもあった証拠をすべて消してしまうのだから。

でも、そうやって弱い自分ではなく、もう一人の強い自分の声を無視せずに、勇気を出してきたことが今に繋がっているのかなあとも思います。

過去の写真は滅多に見ませんが、なんとなく気になってふと開くと、ハッとすることがたくさんあります。昨日はPCを新しくしたのを機にまだ未整理だった30代の写真を整理しました。30代、つまり起業してから今日までの写真です。

この写真、仮装してでっかい花束持っていますが、大変なことがたくさんあったし、いやーーーー本当に頑張っていました。笑っているけど、短時間睡眠で自分が設定したゴールに向かってかけ抜けていました。

意外だったのは、「わたしってすごく頑張ってたんだなーーーー」と心の底から感心したこと。今までは未熟だった自分にうんざりして写真を見る気も起きなかったのですが。起業してからの自分をそんな風に真正面から評価したのは初めてかもしれません。未熟すぎたけれど、それでも頑張っていた自分を愛おしく思えるようになったのは、大きな変化です。

けれども「みんなのために頑張っていたし、それは今でも変わらないけど、どうしてうまくいかないことって起きるんだろう?」という疑問がわきました。しばらく考えていたら、正当化している自分にハッと気づいて、それまで八方塞がりだった問題の道がパーっと開けました。あぁ、わたしに感謝や謙虚さが欠けていたからだなと。

やっぱり人のことをあーだこーだ言うよりも、まずは自分なんですね。写真を開いてよかったです。

この写真はパーソナルカラーのメイクを練習しているところ。

それで思い出したことがあるのですが、17歳の頃、たった1ヶ月くらいだったと思いますが、ポーラ化粧品の訪問販売員になったことがあります。その時にお世話してくださった、当時母よりもずいぶん年上だった女性が、「センスも素質もあるからあなたは絶対に稼げるわ!!」なんて励ましてくれながら、ものすごく親身になってくれました。

ある日、わたしはすっぽかしてしまったんです。その方は、わざわざおにぎりを握ってきてくれていたんですよね。善意をけちらしてしまったようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。その方の残念そうな顔は今でも思い出せます。

この方の善意と、自分の我を優先したばかりに善意を無にしたことがよみがえって、「絶対に同じことはしたくないけど、きっとまだまだ他人の善意に目を向けるよりも、自分の我を優先していることがたくさんあるんだろうから、本当に気をつけよう」と、改めて思いました。

さらに、25歳くらいだったかな、知人の家に遊びに行ったら、見えないものが見える人がたまたま遊びにきていて、「あなたはエステのような会社の社長になって成功するしビルを建てるわよ」なーんて言われたことも思い出しました。

嘘か本当かは興味がないし、ビルを建てるなんて想像もできないくらい興味がないですが、ポーラ化粧品のことも、この人の言葉をこうして思い出したことも、起業したことも、美しくいることをずっと追いかけているし、それは細いながらも一本の線で繋がっているのかもしれないなぁと思います。

わたし自身、持って生まれたものを生かして人生を大満喫したいし、すべての人にもそうであってほしいと思っています。

持って生まれたものには、当然、外見も含まれていますが、外見だけを美しくしたところで、一時的には満足しても、心や人生が充実するかと言うとそうではありません。美しくなっても満たされない人生に、もっと虚しくなるかもしれません。

でも、自分の心が変われば、人生を愛でいっぱいにすることも、心や人生を充実させることもできます。内面が充実すれば外見も美しくなるし、内側から溢れ出す輝きは作られたものとは別格です。一度手に入れた心の在り方は失うこともありません。

そのことに気づいてからは、メイクやファッションよりも、心のことに重きを置いているけれど、どちらにせよ「美しく生きる」ことをずっとずっと追いかけているんですね。そういえば、起業コンサルタントと一緒にキャッチコピーを考えていた時、最後まで迷ったのが、「美しい人生を創造する」でした。

写真がなかったら、どの出来事も人生で二度と思い出すことはなかったかもしれないし、そこからこんな風に自分の思いに立ち戻ったり、自分の未熟さに気づくこともなかったかもしれません。

写真は、わたしにとって、忘れかけていたことを思い出させてくれる大切なツールです。

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