自分らしく生きるためのハウツー

私はもともとすごく落ち込む人でした。

何かあるたびに超絶望的な気持ちになって、

心の中はいつも真っ暗闇。

 

23歳の頃に一度だけ、

あまりに心が辛くてヒーリングとカウンセリングを

組み合わせたセッションに通ったことがあります。

ある時、「紙に好きなことを書いて」という

ワークをしたのですが、何度書いても、

「画用紙全体を真っ黒く塗る」しか思いつかないので、

そのワークはやめてしまいました。

どれだけ闇だったのかお分りいただけるでしょうか!

 

29歳で友人とともに起業してからは

「しっかり稼ぐんだ!」とそれだけに集中していたので、

心の片すみに闇はあったままだったけれど、

落ち込む暇なんてありませんでした。

 

その後、恋愛のスペシャリストとして1人で起業してからも、

ありがたいことにすぐに軌道に乗り、

いつも励ましてくれる彼もいたので、

やっぱり仕事の成功だけに集中することができました。

 

ところが、乗りに乗ったところで色々なトラブルが起きたんです。

今思えばあまりに未熟だったので起きて当然なのですが、

その時は「頑張ってもまたこんな嫌なことが起きるの!!」

とほとほと嫌になりました。

 

・・・闇復活!!

 

そして、私は悟りました。

 

どんなに努力をしても、

正しいことをしていても、

悩みや問題が人生からなくなるわけじゃない。

むしろ、正しいことをすればするほど、

成長すればするほど大きな壁にぶつかる。

 

・・・ということを。

 

その時に、なんかもう、

過ぎたことを引きずったり、

くよくよ考え込んだりすることの方が、

めんどくさくなってしまったんです。

 

過ぎたことにくよくよして自分を哀れんでも、

状況は一つも良くならないし。

どんなに落ち込んだところで、

誰も私の人生を変わってくれないし。

救いを待っている人生のままでは、

どんどん惨めな気持ちになるだけだし。

 

落ち込んでくよくよしているのは、

実は、誰かが救ってくれるのを

待っているんだと気づいたら、

誰も救ってくれないよ!!

歳をとってイタいばばあになるだけだよ!!

と、自分にほとほと呆れました。

 

「自分のことは自分でやるしかない」

と観念すると体の深いところの方から

自分を全信頼する気持ちが出てきて、

不安という感情はどこかへいってしまいました。

 

救いの手を待つことで、自ら無能な人間になっていく・・

自信を失わせていたのは、

他の誰でもない自分だったわけです。

 

それからというもの、何か起きて落ち込んでも、

引っ張られないようになりました。

落ち込む自分の気持ちを大切にしつつ客観的な自分もいて、

なぜそれが起きたのか原因を冷静に見つめて、

経験の一つとして引き出しを増やすところまでが、

一つのパターンになりました。

 

引き出しが増えればその出来事は完了で、

思い出しても感情は動きません。

成長させてもらったなぁと感謝の気持ちがわいてきます。

 

誰かの励ましも必要ないし、

(本当に大変な時はSOSを出すけど!)

ほぼ自己完結できるようになったことが、

相手に期待することもなく本当ーーーに楽です。

ああ、これも理想のライフスタイルの一つ!

 

これが本当の私だし、

自分らしく生きるってこういうことなのだと思います。

 

人の評価とか、恐れとか、見栄とか、対抗心とか、

そういうものに正面から向き合って、

器のちーちゃい自分を認めると肚が座る。

自分にできることをするしかないと思えた時に、

自分らしく生きられるようになるのだろうと思います。

 

自分らしく生きられないのは、

周りにいる誰かのせいじゃない。

人の評価とか、恐れとか、見栄とか、対抗心とか、

器のちーちゃい自分自身が足を引っ張っているだけ。

勇気を出してそこに立ち向かうと、

なんとも心地よい魂が喜ぶ人生が送れて、

それが自分らしいということなのだろうと思います。

 


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